塾長紹介

高松市三谷町出身(現住所は高松市香川町)

 

  高松第一高校卒、中学時代、中2の冬に病気を患い成績が急降下。体重は落ち常に汗をかき疲れやすく勉強にも集中できず、心臓の脈拍は安静時で120もあった。これに親もやっと気づき、病院に行くも原因が分からず、そのまま高校受験。何とか合格するも、とにかく精神的に苦しかった。高校1年の時、1学期の順位は600人中550番くらいだった。そこから奮起して、夏休みに猛勉強し2学期の実力テストで学年5位となる。しかしこの後、再びほとんどまともに勉強せず、再び成績は下降、3年になってから勉強しようと思ったが、気持ちだけで勉強の仕方も分からず、成績は下位を低迷し、そのまま大学入試をむかえる。担任に「早稲田を受験します。」というと、「逆立ちしても受からない」と笑いながら言われる。しかし早稲田のみ受験し、予定通り不合格。

その後、高知に坂本龍馬の銅像を見に傷心旅行をするが、銅像がどこにあるのか分からずそのまま足摺岬へ。立ち入り禁止区域に無断で侵入。断崖絶壁から見下ろす太平洋は、恐ろしかった。

その後浪人。夏休みまでに偏差値45から一気に65にあげ、担任から早稲田に受かると断言される。 その後はあまり成績は上がらなかったが、翌年無事合格。

 

 このころの経験が、学習塾経営のノウハウとなる。 卒業後はNTT、JR、四国電力、114銀行に内定を取るが、なぜか行政にかかわりたく、高松市役所に就職。しかし配属先は、生活保護課でケースワーカーとして福祉の現場に立ち、福祉行政の現実に苦しむ。この時の経験がのちの市役所退職の原因となる。7年後、係長昇進試験で、200名のうちわずか合格者20名という試験に、トップの成績で合格。この時も、受験時代の受験テクニックが役に立った。その後もやはり行政の仕事になじまず、退職。高松高等予備校、大学受験科(英語科)に転職。 2000年に「シグマベスト111の解法で決める 英文法・語法問題の完全攻略」を「文英堂」から出版、その後FCIスクールを設立し現在に至る。

  

 

尊敬する人物は坂本竜馬、織田信長、吉田松陰。

近畿大学からの依頼で、講演です。(予備校時代)

塾長が「英文法111の解法」を書いたわけ

音声で「塾長が本を書いたわけ」を聴く
111111.wma
Windows Media 音楽ファイル 4.7 MB

 

1200円 200ページ
1200円 200ページ

 

 

  1. この本を書いたいきさつ
  2. 書くまでの苦労話
  3. 君たちへのメッセージ